2007年08月05日

歴史

81年に、友人たちと小さなブティック・ショーを開く。友人たちはジュエリー・ハンドバッグなどを作成、アナスイは5・6着の服を発表し、これらはメーシーズとブルーミングデールズに売れました。これが、メーシーズのクリスマス・ウィンドウを飾ることとなり、『ニューヨーク・タイムズ』でメーシーの広告ともなりました。同年から、アパートの自室で受注を開始。

80年代後半には、若手デザイナーを育てるアネット・ブランデルの援助を受け、91年に先のマイゼルや当時『ヴォーグ』アメリカ版のファッション・ディレクターだった、ポール・カバコ、モデルの友人ナオミ、リンダ、クリスティらの協力によって、初のランウェイ・ショーを開催。ナオミら3人は、服と引換に無料でショーに出演した女の子でした。
このショーは、『ニューヨーク・タイムズ』で「ヒップなパスティシュ」と評され、90年代のレトロ・スタイルの先鞭を切った。当時のモデル・ブームにも乗って、アナスイの服を着たナオミたちの人気や、グランジ、パンク・リヴァイバルの波とも呼応し、ミュージック・シーンに敏感なアナスイのショーは、注目され続けました。

92年、ニューヨークのソーホー、グリーン通り113番地に、新しいブティックをオープン。翌93年には、CFDAペリー・エリス賞を受賞。日本でのブティックは、97年5月の表参道が最初で、同年秋には大阪の心斎橋で店を開きました。2番目の大阪店は2000年(この大阪店は、アナスイ・ブランドとライフスタイルの継続的な世界的な拡大がテーマ)。伊勢丹がコレクションの主なライセンスを取得しており、「Mammina」(伊勢丹の子会社)がライセンス部門とスペシャリティー・ストアのディストリビュータを引き受けています。

同じ97年、アナスイ・シューズを初披露。イタリア・ベニスの靴職人 Ballin によってデザインされたアナスイのコレクションは、ベルベット、絹、エナメル革、蛇、トカゲの皮、毛を1回刈った羊、スウェードなどを含んだ包括的なスタイルでした。

98年春夏コレクションでは、チベット、ハワイ、カリブ、バリ、日本の民俗衣装に影響されたフォークロア調のプリントを入れ、一層、厚みのある内容を示し、翌99年にはハリウッド西部のサンセット・プラザで、ロサンゼルス店をオープンしました。

アナスイの躍進は続き、既に97年にドイツのウエラ社とライセンス契約、香水の生産を、99年に製造開始、同時に化粧品ラインもスタートしました。ウエラは現在、アナスイ・ビューティーのうち、アナスイ・カラー化粧品とスキンケア・ライセンスを日本の化粧品メーカー「アルビオン」と提携し、アルビオンがアナスイ・カラーを国内とウエラ社に販売し、ウエラ社はドイツ国内と「アルビオン」に対し、スキンケアを販売するという方法を採用されています。
posted by pr at 03:19| Comment(28) | TrackBack(11) | アナスイの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アナスイとは

ニューヨークのトップ・デザイナー、アナ・スイが手掛けるコスメブランド。従来なかった「ストリートコスメティック」という概念を提唱し、特にファッションに敏感な10代・20代に支持されている大人気のブランドです。

艶のあるバラ・蝶のモチーフや紫系の色遣いが特徴的で、香水が有名です。化粧品はバラの香りがするものが多く、婦人服・小物・アクセサリーなどで妖艶な雰囲気のアイテムを発表しています。また、刺繍などが施された可愛らしいアイテムも発表しています。 

アナスイのバラや蝶をモチーフにしたユニークで可愛らしいパッケージは、見ているだけで幸せな気分にしてくれます。

"アナスイは、70年代モードを現代に甦らせたことが功績とされ、ヒッピー系を好む個性的なデザインが、現代ファッション界に影響を与えました。繰り出されるアイテムはキュート路線。アジアのテイストを交えつつかわいさを追求するデザイン。アナスイ(ANNA SUI)は日本でもメジャーになって久しいですが、かわいさを求める純真なる乙女心のよりどころとして、現在においても相応の地位を保ち続けています。
posted by pr at 03:15| Comment(0) | TrackBack(1) | アナスイとは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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